姫路城

酒井抱一の実兄の姫路城主・酒井忠以(宗雅)も芸術に秀で、一級の茶人大名でした。

姫路城主に、絵画、茶道、能、俳諧、和歌にも非凡な才能を示し、江戸時代後期の代表的な大名茶人の一人と言われる城主がいました。特に絵画と茶湯にかけた情熱は並々ならないものであったといわれています。酒井忠以(さかいただざね)、宗雅と号した姫路城主です。
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「引っ越し大名」と呼ばれた姫路城主・松平直矩(まつだいらなおのり)。父の代から7度の引っ越し。

松平直矩(まつだい-なおのり)は、7度の転封(国替え)を経験したことから「引っ越し大名」とも呼ばれた江戸時代前期の大名です。1年前に引っ越したかと思ったら、またその1年後にも転封を命じられたりする転勤族です。江戸時代にもそんな辛い目に遭っていた大名がおりました。
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徳川宗春の生き方が影響?花魁・高尾太夫と姫路城主・榊原政岑と姫路ゆかたまつり

同じ時代を生きた姫路藩主・榊原政岑と御三家のひとつ尾張藩主・徳川宗春。ふたりとも、倹約令を出し、緊縮政策をとる8代将軍・吉宗に対抗するかのように生きました。宗春は政岑の生き方に影響したのでしょうか?花魁・高尾太夫と政岑が関係する姫路ゆかたまつりの由来は?
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歴代姫路城主の中で最も異彩を放つ風流大名・榊原政岑。

吉原遊郭は遊女・高尾太夫の身請けの主は姫路藩当主 ・榊原政岑(さかきばらまさみね)だった。その身請け金が1800両との2500両ともいわれる大金でした。現在のお金で3億円か?・・とも言われています。歴代姫路城主の中でもひときわ異彩を放つのが、榊原政岑です。榊原政岑ってどんなお殿様だったのでしょうか?
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姫路城の歴代城主はものすごくたくさんいる。

姫路城はたくさんの城主が交代で入っています。関ケ原後の江戸時代だけでも32人もの城主が交代しています。他のお城に例を見ない多さです。どうしてたくさんの城主が誕生したのでしょうか。姫路の立地が徳川幕府にとって最重要拠点であり、さらには姫路が豊かな地であったことによるものです。
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姫路城のおすすめ駐車場の近い&安いを詳しく説明

姫路城周辺でお城から近い駐車場、料金の安い駐車場、バイク駐車可能な駐車場、少し離れていても、周辺駐車場が満車で入り待ちがかなり長時間かかるとか、周辺道路が混雑で動かないときの駐車場などを紹介していきます。
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姫路城にはお菊が投げ入れられた井戸があるって知っていましたか?-お菊井戸。

姫路城の本丸下の備前丸の一段下に、お菊井戸という古井戸があります。この井戸は怪談「播州皿屋敷」のヒロインお菊が責め殺されて投げ込まれたといわれる井戸です。姫路城に言い伝えらえる怪談話。さて、その怪談とは?
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世界遺産国宝姫路城と宮本武蔵

宮本武蔵自身が著した「五輪書」などから、武蔵の出身地(生誕地)は、播磨とされていますが(諸説あります。)、武蔵の本当の姿は不明なところも多く、謎に包まれています。その武蔵と姫路城とのかかわりが伝わっています。武蔵の姫路城天守の妖怪退治とは?
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世界遺産国宝姫路城を築城した「西国将軍」池田輝政

現在の世界遺産国宝姫路城を築城したのは「西国将軍」池田輝政です。織田信長の重臣だった父を持つ輝政は、羽柴(豊臣)秀吉のもとで武功をあげ、信頼されます。そして、徳川家康の娘婿となり、姫路入りします。戦国時代を駆け抜けた輝政の生涯を紹介します。
姫路城

姫路城を完成させた戦国美女・千姫。姫路城で最良の日々をおくった千姫の物語。

現在の姫路城は戦国美女・千姫と本多忠刻の西の丸の造営で完成します。姫路城での生活は徳川家康の孫娘・千姫にとって最良の日々でした。幼くして豊臣秀頼に嫁いだ千姫は大坂夏の陣で救出され、本多忠刻と再婚、姫路に入ります。戦国の世からの時代の転換期に生きた千姫の生涯を紹介します。
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