お夏清十郎(おなつせいじゅうろう)~姫路城下の悲恋物語

姫路城
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お夏清十郎の話は江戸初期の実話で、主人公は、姫路城下の旅籠(はたご)但馬屋 (たじまや) の娘お夏(なつ)と手代の清十郎(せいじゅうろう)の悲しい恋の物語です。

この実際にあった悲恋物語を題材に、元禄時代の劇作家 井原西鶴が『好色五人女』の第1話 姿姫路清十郎物語(すがたひめじ せいじゅうろう ものがたり)を書き、近松門左衛門がそれを元に脚色し、浄瑠璃『五十年忌歌念仏』をつくりました。

このお夏と清十郎の悲しい恋物語とは?

お夏清十郎 姫路城下の悲しい恋の物語

お夏は、姫路城の大手門にあたる本町の旅籠(はたご)の大店・但馬屋(たじまや)の娘です。
旅籠とは今でいう旅館です。

西鶴の『好色五人女』では旅籠でなく米問屋但馬屋、その当主の娘ではなく妹となっています。
近松の『五十年忌歌念仏』でも、旅籠が米問屋但馬屋になっています。

『好色五人女』ではお夏は16歳の美しい娘です。

清十郎は姫路の西に位置する播磨の室津港の造り酒屋の息子です。
何不自由の無い裕福な家に育ち、なかなかな美男でした。
『好色五人女』では、清十郎は大変な美男で室津の遊女すべてと深い仲になるというほどの放蕩息子であったということです。
そして、ある遊女と心中事件を起こして勘当ものとなっていました。

清十郎は19才の時、但馬屋に奉公にでることになります。
奉公に出てからは、心を入れ替え、人が変わったようにひたすら真面目に仕事をしていました。

美男がゆえに但馬屋の女たちのなかでも人気が出ましたが、もともと育ちが良く、やさしく頭のよい清十郎は誰からも好かれるようになります。

そんな清十郎をお夏は意識するようになります。
お嬢様と使用人ではありますが、同じ家のなかで接点もあるのです。
清十郎もかわいいお嬢様を意識するようになっていったのは、ごく自然の成り行きだったのです。

いつしかお夏と清十郎は恋に落ちます。
が、お夏は主人の娘、お嬢様です。清十郎は使用人、その身分の違いから、当主はこれを許しませんでした。

寛文年間1661年頃と伝えられています。

二人は駆け落ちを決意し大坂へ向かおうとしますが、すぐに捕らえられてしまいます。

『好色五人女』では、二人が飛び乗った船は上方(大坂)へ向けて港を一旦は出ます。
しかし、その船に乗船した飛脚が、荷を忘れて来たと言うことで、船は引き返し始めてしまいます。
港に戻るやいなや、姫路からの追っ手に見つけられ、
お夏は籠に押し込められ、清十郎は縄で括られて、その日の内に連れ戻されてしまったのでした。

そして、清十郎はかどわかし(誘拐)に加え、店の大金を持ち逃げしたと濡れ衣まで着せられます。
その嫌疑が晴れぬまま清十郎は死刑(打ち首)となります。

のちに、内蔵から持ち逃げされたとされる大金は、店の別の場所で見つかります。
内蔵から移しておいたのを店のものみんなが忘れていたのでした。(『好色五人女』)

お夏は二度と清十郎には会わせてもらえず、どうしているかさえ、誰にも教えてもらえません。
「清十郎殺さばお夏も殺せ」
ふっと子供の囃す歌が耳に入ってきました。

清十郎が処刑されたことを知ったお夏は、悲しみのあまり狂乱して行方をくらませ、誰も二度とその姿を見ることはなかったといいます。

むかい通るは清十郎じゃないか  笠がよくにた菅笠が
清十郎ころさばお夏もころせ  生きて想いをさしょよりも

その後、お夏は備前片上の葛坂峠で茶店を営み70余歳まで生き、近くの正覚寺裏に埋めた清十郎の遺骨を守り抜いたとも伝えられています。

お夏のものとされる墓もあります。隣には追悼碑も建てられています。

 

西鶴の『好色五人女』は、次の5章からなります。

姿姫路清十郎物語(お夏清十郎)
情を入れし樽屋物かたり(樽屋おせん)
中段に見る暦屋物語(おさん茂兵衛)
恋草からげし八百屋物語(八百屋お七)
恋の山源五兵衛物語(おまん源五兵衛)

八百屋お七の物語をこちら

八百屋お七の切ない恋の物語。火をつけてしまった狂おしい恋心
お七は16歳。愛おしい恋人に会いたくて、その一心で、放火をします。近くの火の見櫓に登り半鐘を鳴らします。浄瑠璃や、お芝居で有名な「八百屋お七」のクライマックスの場面です。お七はこの後、火あぶりの刑に処せれます。この話は、さまざまな創作物で取り上げられ、大変有名になりました。

近松のお夏清十郎『五十年忌歌念仏(うたねぶつ)』

近松の『五十年忌歌念仏』では、同じ奉公仲間の勘十郎が登場し、清十郎を陥れることになります。
陥れられた清十郎が勘十郎に恨みを晴らそうとしますが、別の同僚を誤って殺してしまい、追われる身になります。
お夏も清十郎の後を追って家を出てさまよううちに半狂乱となってしまうのでした。

長崎で捕らえられた清十郎は、市中を引き回され、処刑の場へ。
その場に駆け付けたお夏を清十郎が見つけ、
「最後に煙草を一服したい」と

お夏が差し出したキセルで清十郎は喉を刺し自害します。

自分も清十郎の後を追って自害しようとしたお夏は引止められ、出家して清十郎の菩提を弔うのでした。

お夏・清十郎比翼塚

お夏と清十郎の霊を慰める比翼塚が、姫路城の北東にある慶雲寺にあります。

当時は、処刑されたものの墓が禁じられていました。

しかし、許されぬ恋ゆえに、駆け落ちし、どこか歯車が狂った結果、清十郎は刑死し、お夏は狂乱するという悲しい恋で終わった二人に「せめてあの世で…」と、だれとなく2つの石を置いて祭ったのが初めと言われています。

毎年8月9日には地元の人々によって『お夏・清十郎まつり』が行われています。

2020年令和2年の『お夏・清十郎まつり』は中止が決定しています。

【場所】670-0813
兵庫県姫路市野里慶雲寺前町10-1 慶雲寺内
【問い合わせ】TEL079-222-3918
【電車とバスの場合】
姫路駅から神姫バスで乗車 約10分、慶雲寺前下車、徒歩で約3分
【車の場合】
■姫路バイバス
中地ランプ 下車 北へ約20分
■山陽自動車道
姫路西ランプ 下車 南東へ約20分
姫路東ランプ 下車 南西へ約20分

但馬屋も二人の純愛に打たれ、姫路城下の慶雲寺境内に「比翼塚」をつくって、其の霊を慰めたとも云われています。

 

 

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