姫路城にはお菊が投げ入れられた井戸があるって知っていましたか?-お菊井戸。

姫路城
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姫路城の本丸下の備前丸の一段下にある上山里(かみのやまさと)に、
お菊井戸という古井戸があります。
この井戸は「播州皿屋敷(ばんしゅうさらやしき)」のヒロインお菊が責め殺されて投げ込まれたといわれる井戸です。

青山鉄山(てつざん)は姫路城を乗っ取る計画を立てます。

時代は姫路城がまだ今のような大きな立派なお城ではなく小さな城であった永正元年(1504年)のことです。
姫路城主の小寺豊職が亡くなり、嫡子の則職(のりもと)が18歳で跡を継ぎました。
この則職は、大河ドラマ『軍師 官兵衛』(2014年)で、片岡鶴太郎さんが演じていた官兵衛を幾度も苦しめる小寺政職(まさもと)のお父さんに当たります。

家老であった青山鉄山(てつざん)はこの機に乗じて城を乗っ取る計画を立てます。
増位山(姫路市)で催される花見の宴での則職の毒殺を企てるのです。

お菊、鉄山の企てを阻止する。

忠臣の衣笠元信(きぬがさもとのぶ)は、その鉄山の動きに不審を感じ、その動きを探るため、愛人のお菊を下女として鉄山の許に送り込みます。

やがてお菊は、鉄山の企みを諫めて幽閉された鉄山の息子・小五郎から則職暗殺の企てを聞き出します。
そして、元信らは増位山(姫路市)で催された花見の席に切り込み、あわやのところで主の則職の救出に成功します。

しかし、鉄山と通じ、その動きに呼応して姫路城を攻めた浦上氏によって則職は姫路城を追われ、結果、鉄山に姫路城を奪われてしまいます。

そして、則職は家臣と共に、姫路の沖にに浮かぶ家島に身を隠し、再起を図ることに。

お菊の密偵がバレる。

その後もお菊は潜入し続け、逐一情報を元信へ送っていました。

暗殺の企みが則職方に漏れていたことを不審に思った鉄山は、家来の町坪弾四郎(ちょうのつぼだんしろう)に内偵を命じます。

そして弾四郎は、下女のお菊がスパイであることを突き止めます。

ところが、以前からお菊に好意を持っていた弾四朗は
「黙っている代わりに自分のもの(妾)になれ」
とお菊に詰め寄りました。
お菊はもちろん弾四朗を拒絶します。

怒った弾四郎は、脅迫に応じないお菊を無実の罪で断罪します。

家宝の大事なお皿が1枚足りない!

弾四朗、お菊が管理している小寺家家宝の「こもがえの具足皿」 10枚一対の皿のうち一枚を隠したのでした。

皿がないことに鉄山はお菊を手討ちにしようとしますが、下心ある弾四郎が取り持ちます。

そして、お菊をひとまず自分の屋敷に連れ帰り、言うことを聞くように庭の松の木に縛りつけてひどい折檻をするのでした。

だがそれでも拒絶するお菊。
遂に弾四郎は業を煮やして、お菊を斬殺し、遺体を井戸に投げ捨てたのでした。

それ時以来、夜になると、屋敷のその井戸の底から
「一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚、九枚・・・・・」
と足りない皿を数えるお菊のか細くかすれた声がするようになりました。

その井戸がお菊井戸です。

姫路城の奪還。お菊の仇を成敗。

その後、元信らの忠臣が集まり姫路城を奪い返します。
青山鉄山は元の居城に逃げ込みますが敗死。
父の所行を恥じた小五郎は自害します。

町坪弾四郎はというと、臆面もなく、無くなったはずの自分が隠し持った家宝の皿を手土産にもう一度家臣にと取り立ててもらうよう願いでますが、逆に捕らえられます。

そして、お菊の二人の妹に討たれたということです。

お菊神社とお菊虫

則職はお菊の事を聞き、その死を哀れみ、
姫路城下の十二所神社の中にお菊を「お菊大明神」として祀ったと言い伝えられています。

300年程経った姫路城下に奇妙な形をした虫が大量発生します。
人々はお菊が虫になって帰ってきたと。

お菊虫です。
ジャコウアゲハというきれいな蝶の蛹(さなぎ)の形が、ちょうどお菊が後ろ手に縛られているように見えるところからそう言われています。

ちなみに、このジャコウアゲハは姫路市の市の蝶に指定されています。
また、現在の姫路城を築城した池田輝政の家紋は、「丸に揚羽蝶」です。

人形浄瑠璃

歴史や事実とはかなりつじつまがあわないところもある物語ですが、これを元にした人形浄瑠璃『播州皿屋敷』が、寛保元年(1741年)に大阪で上演され、一躍有名になりました。

ただこの物語の原型となったであろう嘉吉年間(1441年~1443年)の出来事である話が、天正5年(1577年)に出された『竹叟夜話』にあります。

番町皿屋敷(ばんちょうさらやしき)

姫路ではなく、江戸を舞台とした有名な怪談「番町皿屋敷(ばんちょうさらやしき)」は、
この「播州皿屋敷」をモデルにしたともいわれますが、ほんとうのところはわかりません。

お菊は女中として、江戸・牛込御門内五番町にあった、青山播磨守主膳の屋敷で奉公していました。
そのお菊が、主膳が家宝として大切にしていた10枚一組の皿のうちの1枚を割ってしまいます。
そのために、ひどい叱責を受けたことで、屋敷内の井戸に身投げして死んでしまいます。
その時から、毎夜ごと皿を数える悲しい声が屋敷に響き渡る、という物語です。

播州、番町どちらもストーリーはほとんど同じで酷似しているので、何らかの関係がありそうです。
しかも、登場人物の名前もしかりで、メインのお菊はどちらもまったく同じ名で、仇役は青山鉄山に青山主膳。
おまけに、青山主膳は播磨守なのです。

(姫路城のある地域は播磨の国)

姫路城内に今も残るお菊井戸?

江戸時代後期・酒井氏が姫路城主を務めていた時代(1749年から1868年)には、この井戸は「瓶取(つるべとり)」と呼ばれ、茶を点てるとき、この井戸の水が使われたということです。
この時代、いわゆる「お菊井戸」は、城下の桐の馬場(青山鉄山の屋敷があったとされる姫路城の東側にある現県立高校敷地の東側)にある井戸と言い伝えられていました。
それが、明治時代になると、十二所神社境内の井戸に移り、「瓶取」が「お菊井戸」に変わったのは、明治時代の末から大正初期とみられています。

このお菊井戸には実は横穴があります。
姫路城内の配置から考えると、この井戸は実は城主の居住する御殿(井戸のあるところから一段上のにある備前丸に御殿があった。)と繋がっていて、いざという時の脱出用の抜け穴であったとの説があります。
そして、皿屋敷の伝説物語が伝えられるのは、怖い話を広めることで出来るだけ人を近づけないようにするためだったとも言われています。(時代があわないように思います。)

抜け道は、調査の結果、水抜きのための横穴であって、抜け道ではないそうです。
本当に抜け道がないのか幾度となく調査されたようですが。

この世界遺産の美しい姫路城に、いろいろな言い伝えや、伝説があります。
恐ろしい怪談話も生まれたのです。

ロマン豊かな姫路城です。

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